こんにちは。イギリス在住会議通訳者の平松里英(rielondon)です。
フォーカスグループインタビュー(FGI)の通訳 [1]
今回は、通訳と音量についてです。
その前にご存知ない方のためにフォーカスグループインタビュー(FGI)についてと、なぜ通訳が必要なのか、グルインの通訳の特徴についてお話ししたいと思います。
Contents
フォーカスグループインタビューとは?
マーケティング調査の方法には、「定量調査(Quantitative Research)」と「定性調査(Qualitative Research)」があります。定量調査は、「量」。つまり明確な数値・量であらわされる定量データを集め分析するもの。定性調査は「質」。つまり、数値化できない個人の発言・行動を解釈し新しい理解やヒントにつながる「質的データ」を取る調査のことです。頭文字をとって「FGI」、または略して「グルイン」とも呼ばれます。
後者の「定性調査」の手法のひとつとして、フォーカスグループインタビュー があります。少人数の想定購入者からなる参加者グループに司会者(モデレーター)が進行しながらディスカッションを進めます。そこで繰り広げられる発言内容を分析するものです。
なぜ通訳が必要になるのか?
フォーカスグループインタビュー でなぜ通訳者が必要になるかというと、対象者が依頼者(クライアント)のわからない言語を話す場合(非日本語話者)、つまり海外の想定購入者を相手に調査を行うとき、通訳が必要になります。
この場合、所定の時間(1セッション2時間程度が多い)で約4~8人の複数の人が代わる代わる発言するので、通訳モードは同時通訳になり、同時通訳対応の設備が必要になります。(ユーザーインタビューなどは逐次通訳の場合もあります。)
通訳環境:最重要ポイント
グルインでは、大概は ⑴元音声(現地語)、⑵通訳音声(日本語)と ⑶映像(セッションをやっている話者が集まってディスカッションする部屋の様子)が録音・録画されています。
このとき、よく問題になるのが、ディスカッション参加者(対象者)の人数分通訳者がいるわけではないので、通訳者が一人で何人分(※)もの発言をや通訳することになるため、誰が喋ったのか判りにくいこと。
※同時通訳なので2人で交代で通訳することが多い。
話し手が6人など多く、混線状態でディスカッションしているので通訳を録音してあとで聞き返したときに誰の発言なのか判らないと、レポートをまとめる人(リサーチャー)は困ってしまうという問題です。
ソリューション提案は2つ(話者の混乱)
話者(対象者)が区別できるようにするにはどうしたらいいかですが、私がFGI(グルイン)のお仕事をするときには、二つのことを提案しています。
まず一つ目は、セッションを行う部屋のセッティング上の工夫で、発言者の席ランダムではなく指定してもらい、名札をテーブルに両面で立ててもらうこと。このとき番号を大きく振ってもらうこともポイントです。つまり、誰がどこに座るかを予め決めて、その人たちに席順に番号を振り名札(プレート)に両面で書いてもらうのです。
二つ目は通訳の訳出時の工夫で、訳出するときに番号を手早く言ってから訳し始めるように、話し合っておくといいと思います。通訳者のなかには通訳しづらいと嫌がる人がいるので、当日ではなく前もってコミュニケーションをとっておくほうがいいかも知れません。
✔︎ テーブルに対象者の名前プレートを用意する。
✔︎ ファーストネームと読み上げ番号を大きく書く。
✔︎ 両面記載がよい。(テーブルなどの配置が変わってもラク)
✔︎ 通訳者に番号を発言=訳出の前に言ってもらう。
✔︎ 事前に通訳者に伝える(調査会社経由なら指示する)。
また、セッション部屋の音を聴くヘッドフォンは、ワイヤレスのスタジオが準備したものであった場合、自前のイヤホンやヘッドフォンを持参しても使えません。
自前のイヤフォンを使いたがる通訳者は多いので、スタジオ備え付けのものでなくでも良いように、イヤホン用の差し込み口のある音響設定にしてもらう方が良いと思います。事前に、スタジオのテクニシャンに伝えることをお勧めします。
通訳に影響するマイクの集音条件
マイクも部屋の天井から二つ吊るされていることが多いですが、テーブルにガムテープで貼り付けて対角線上に二つマイクを設置されている場合もあります。この場合マイクが直角に向いていない参加者の音は通訳者にとって拾いづらく=訳しづらくなる可能性があります。
また、参加者が勝手に椅子を動かしたりして、さらにマイクの集音範囲から外れることがあり、この場合さらに通訳者にとって聞き取りづらくなります。この点もテクニシャンに考慮してセットアップしてもらうように念入りに打ち合わせしておくことをお勧めします。
話が盛り上がるにつれて発言が重なる問題
発言が重ならないよう、一人一人順番に話してくれるよう、モデレーターがどれだけ参加者に注意を促しても発言が重ってしまうことが多い。これは他の通訳の仕事と大きく異なる点です。このとき通訳者ができることとはほとんどなく、音量を上げたり下げたりするほかありません。
自然な発言、自由な発言を集めることが大切になりますから、発言が重ならないようにモデレーターに何度も注意させれば、話の流れを遮ったり、場の雰囲気がぎくしゃくしかねません。これでは、そもそもの目的が損なわれてしまいます。やはり、フォーカスグループインタビューでは、唯一音量コントロールが通訳側でできることなので、音調整能力の高いスタジオを選択することが重要なポイントです。
フォーカスグループインタビューでの通訳環境の重要性
以下、どのパターンにも共通して重要な要素は音量ですが、このことを音響システムを調整しているテクニシャン(技術者)が心得ていて、スタジオ設計にも反映されていればいいのですが、音質・音量の調整がほとんどできないスタジオもあるので場所を選択する際に気を付ける必要があります。
クライアント(企業)と同じ部屋(対象者+モデレーターのいる部屋とマジックミラーで隔てた反対側の部屋)で行うときと、別の部屋で通訳をする場合とがあり、通訳を取り巻く環境に関しては、主に以下の4つのパターンがあります。
同室/別室 | 通訳への音のインプット | 通訳のアウトプット | |
1 | 同じ部屋 | セッションのやり取りはヘッドフォンから | 通訳の訳出は普通の声で |
2 | 同じ部屋 | セッションのやり取りはスピーカーから | 通訳の訳出は耳元でウィスパリング |
3 | 別々の部屋 | セッションのやり取りはヘッドフォンから | 通訳の訳はヘッドフォンから |
4 | 別々の部屋 | セッションのやり取りはヘッドフォンから | 通訳の訳はスピーカーから |
通訳環境|スタジオパターン1
同じ部屋の場合、よくあるのは対象者やモデレーターの声(セッションをやっている部屋からの音)は通訳者の耳にヘッドフォンから流れてきて、クライアントの人たちは通訳者の声をそのままマイクを通さずに聞くことが多いです。
通訳環境|スタジオパターン2
同じ部屋で、対象者やモデレーターの声(セッションをやっている部屋の音)はクライアントも通訳者もスピーカーから聞き、通訳者の訳出はクライアントの耳元でウィスパリング。
通訳環境|スタジオパターン3
別の部屋で、通訳者の訳をマイクで拾ってクライアントの部屋のスピーカーで流し、セッションの中での外国語でのやり取りはヘッドフォンで(クライアントのうち)聞きたい人は聞く。
通訳環境|スタジオパターン4
別の部屋で、クライアントの中で英語のままで分かる人が多い場合は、セッション(対象者とモデレーターの英語のやり取り)はスピーカーで流し、通訳の訳はヘッドフォンで通訳が必要な人だけ聞くというパターンもあります。
ベストとワーストのパターンはどれか?
では、このなかでベストのパターンと最悪のパターンはどれでしょう。
ベストは〔1〕👍そして最悪なのは〔2〕👎のパターンです。
1・3・4は通訳者の耳にはヘッドフォンで音が送られてきますからインプットの条件は(ほぼ)同じです。
では「なぜ1がベストか」というと、
- 同じ部屋で同じところを見ているため視界がクライアントと同じであること。
(別部屋=通訳部屋は狭く視界が悪いことが多い) - セッション中、クライアントとのコミュニケーションがはかりやすい。
他方、最悪のパターンはどれかというと「2」で、その理由は、通訳者がインプットをクライアント全員と同室でステレオから聞かなければならないので、いささか通訳に適した環境とは言えません。
なぜ通訳するのに適していないのか?
クライアントはセッション中お互いに相談をしたり、談笑したりすることもあります。また、ドアの開閉やその他にも様々な雑音が発生します。ノイズの発生頻度(リスク)が一番高いので、通訳作業が妨害されるのです。
しかも、インプットを確保するため、また、通訳が必要なの人がクライアントのなかの一部の人であることもあり、アウトプットはウィスパリングになります。このとき、通訳者は黙って聞いているのとは違い、自分の声が自分の耳に聞こえている状態です。
どういうことかというと、外に発した自分の声が自分の耳に入ってくる音と、体のなか、つまり骨伝導などで内側から自分の耳に入ってくる自分の声が邪魔になるのです。訳さなければならない音声(話者の発話)を聴くことに集中したいにも拘わらず、不可避に自分の声という邪魔が入って来る。
聴きながら話しているためです。話しながら聴いていると言ってもいいかもしれません。ステレオからの話者の音は、黙って聴いているときのようにクリアには聞こえません。これが、聞いているだけの作業と同時通訳作業の決定的な違いです。
このように、同時通訳をするときは常に邪魔が入るので、できる限りノイズを減らし、元発言のインプットを確保するようにしなければなりません。
大事なことなのでもう一度
言い換えてみます。
同時通訳作業では、インプットとアウトプットの音が干渉してしまうのです。当然、作業の大きな妨げとなります。だからこそ「2」のパターンには無理があるのです。
通訳者は、ステレオから流れてくる音(英語)を頼りにしながら、「生耳」(=ヘッドフォンからではない音)で聴き、クライアントにウィスパリング(アウトプット)しますが、ステレオから流れてくる音のボリューム(インプット)よりも通訳者の声(アウトプット)のボリュームが大きくないとクライアントには聞こえないので、ある程度大きな声を出さなければなりません。同じ空間で、です。
ノイズの三重苦
ところが、上で説明したように大きな声を出すと自分の声が邪魔になって、インプットがとても聞こえづらいわけです。そして、「2」の場合、ヘッドフォンで別ルートから音源を取る、つまりインプットをバイパスすることができません。インプットが確保できない。
部屋の中で歩くときの靴の音やドアの開け閉めの音、クライアント同士の話し声や、冷蔵庫の開け閉め、資料(紙)をめくる音など様々なノイズがたくさん!このなかで行うのですから、ノイズの三重苦になってしまうのです。このようなことから、せっかくの対象者のレスポンスが十分に拾えなくなってしまうので、この方法はお勧めできないというわけです。
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