こんにちは。イギリス在住会議通訳者の平松里英(rielondon)です。
ウィスパリング通訳と生耳の落とし穴
ウィスパリング通訳の落とし穴、生耳によるウィスパリング通訳を依頼することについて、お話ししていきますが、その前に、「そもそもウィスパリング通訳ということばを聞いたことがない」という方のために。(生耳ってなに?という方、詳しく後述しています。)
ウィスパ―と言えば英語でつぶやくという意味ですね。
ウィスパリング通訳とは、まさに耳元でささやく(ウィスパー)ように通訳することを指します。
ちなみに、ウィスパリング通訳は同時通訳の一種です。
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「同時通訳って何?」
という方もいらっしゃるとおもうので、軽く説明します。
通訳には、逐次通訳と同時通訳のモードの二種類あります。
まず、逐次通訳とは、発言内容を、ある程度のまとまりで区切りながら通訳し、それを繰り返し行う方法です。商談や少人数でのビジネス会議、または記者会見など、短い質疑応答が中心となる場でよく用いられます。基本的に、双方の話し手と通訳が交互に話すため、実際の内容の2倍程度の時間がかかります。
つぎに、同時通訳とは、通訳者が専用ブース内でスピーカー(話し手)の声を聴きながらほぼ同時に訳出していきます。聞き手は耳にイヤホンをつけ、それを通して話を聞きます。講演会、セミナー、シンポジウムなどでよく用いられ、逐次通訳に比べ時間の短縮が可能です。
(詳しくは「よくある質問」の「同時通訳とは?「逐次通訳とは?」「ウィスパリング通訳とは?」の項をご覧ください。)
さらに、同時通訳にはウィスパリングとブースで行う通訳があります。ウィスパリングというと、英語で「ささやく」という意味ですが、通訳の方式のひとつです。(フランス語由来の呼び方でChuchotage(シュショタージュ)と呼ばれることもあります。)
Wikipediaによると(以下)
“方式的には同時通訳と同一であるが、通訳者はブース内ではなく、通訳を必要とする人間の近くに位置して聞き手にささやく程度の声で通訳をしていく。 自らの声やその他の音が障害となるため、正確な通訳を長時間行う事は非常に難しいとされる。 高価な通訳設備の用意が必要ないため、企業内の会議などで使用される事が多い。”
(出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/通訳)
とありますが、要するにウィスパリングは同時通訳で、逐次通訳と同時通訳とウィスパリングと三種類モードがあるのではありません。
ウィスパリング通訳は少人数向け、ごく少数つまり基本的には一名のために斜め後ろに腰かけるかたちでポジションを取り、訳していきます。首脳会談などの写真をご覧になったことがあるのではないでしょうか。
出典 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48799
首脳会談などで、それぞれの首相の横あるいは斜め後ろに他の人が1人(ずつ)座っている姿があるかとおもいますが、その人が通訳者で、機材を使わずウィスパリングで対応しているのです。
ウィスパリングという形態で対応できるのは、一人かせいぜい二人まで。聴き手が三人以上いる場合には適していません。
ウィスパリングのとき、発言者の声はマイクを通さないことが多いのですが、このことを通訳業界では「生耳」といいます。じつは、通訳者にとっては、この「生耳」がくせもの。これが一つ目の落とし穴です。
反対に、ブースから行う会議通訳の場合、マイクに向かって話すことを通訳ブースの通訳用コンソールにつないだイヤフォン(あるいはヘッドフォン)から聴き、コンソールの通訳用マイクに向かって話す=通訳します。
生耳とブース通訳の中間のような設定もあります。部屋の片隅で機材を通して行う通訳です。
この場合、テーブルに参加人数分の会議用スタンドマイクが置いてあるか、発言者にハンドマイクを手渡しすることになっています。
- 会議用スタンドマイクはスイッチの押し忘れが多い
- ハンドマイクは渡される前に発言を始めてしまう人が多い
…こんな人が後を絶ちませんが、私はこれは通訳者(たち)が同じ部屋にいるので発言者側が無意識に甘えが出るからではないかと思っています。無理からぬことですが、これが二つ目の落とし穴。
1人や2人のためのウィスパリングであれ、部屋の片隅で行う通訳であれ、基本的に生耳で発言者の発言を聴き、訳していくことが多いのですが、
通訳者にとって、生耳は鬼門です。
なぜなのか。
自分の声が邪魔になるウィスパリング通訳
意識したことのない方がほとんどだと思いますのでお話しさせていただきますが、同時通訳をするとき、ウィスパリングだけではなくブースからの通訳でもそうですが、通訳者はインプットとアウトプットを同時に行っており、つまり発言者の話を聴くという作業と同時に、話す(訳出する=声を出す)作業を同時に行っています。ふつう、参加者の皆さんは相手の話を聞くときは聞くだけ、自分が話すときは話すだけだと思いますので、知らなくて当然ですが、生耳による通訳者の泣き所は自分の声が自分の耳に聞こえてしまい話を聴く邪魔になること。
骨伝導で、体の中で自分の骨で響いて耳に届きますから、小さな声であっても耳にふたをされたような感覚があることには変わりありません。自分の声が、インプットの音(発言者の発言)を遮ってしまう、妨げになってしまうので、精神的にも肉体的にも余計にストレスがかかるのです。
生耳の問題をどうやったら解決できるか
通訳用の簡易機器(一般にパナガイドと呼ばれるものなど)を使って、通訳をすることがありますが、通訳者からのアウトプットだけを機器で補助するのではなく、発言者にマイクを付けてもらい通訳者のインプットも補助してください。このとき、マイクによっては直角方向に話しかけないと音拾いが悪い設計になっているマイクがありますので、若干注意が必要です。なぜかというと、せっかくマイクを胸元に付けてもらっても、発言者が横を向くたびに音量が上下してしまうから。
ウィスパリングをしていて、通訳する声(アウトプット)の音量を上げなければならないことがあります。雑音の多い環境や、通訳を聴いている人が至近距離にいない場合などですが、これはNGです。インプットの音量よりもアウトプットの音量が大きくなってしまったのでは、ウィスパリングは成立しません。自分の声の方が大きいのですから、通訳者には発言者の発言内容がまったく聞こえないからです。
簡易ブースを用意することができない場合、簡易機器だけでも生耳オンリーよりはうんとマシです。簡易機器を通訳者のアウトプットだけでなく、インプットも(発言者にマイクを付けて)サポートするようにすると、通訳者はやりやすくなります。この簡易機器ですが、通訳紹介会社で貸し出し可能なところもありますし、個人でも一式持っている通訳者もおり、私もその一人です。ただし、受信機の数は10機、20機と持っているわけではないでしょうから事前にしっかりと相談することが重要です。(注:大多数の通訳者は簡易機器を持っていません。)
話者の位置と顔の向き
もう一つ、生耳の苦しさとして、下の写真の通訳者と発言者の位置関係をご覧いただきたいのですが、スピーカーがこちら側(通訳者の方)でなく向こう側に顔を向けてしまったとき、スライドが映っている画面を見ながら話すときがその典型ですが、通訳者には話の内容がまったく聞こえなくなります。誤解のないように説明しなおしますと、話者の「声」は耳に届いても、どんな語が口から出ているのか「ことばが判別できない」ので、通訳不能に陥ります。これが三つ目の落とし穴です。
こんな事情があるということを、ユーザーの皆さんには、なんとなくでもいいので、知っておいていただきたい!
おさらいしますと。。。
一つ目の落とし穴は、通訳者は自身の声が邪魔になるので生耳だとリスクが高くなる。
二つ目の落とし穴は、同じ部屋にいると発言者同士に甘えが出てマイクの使用を忘れがち。
三つ目の落とし穴は、発言者が通訳者から顔をそむけてしまうと通訳不能に陥る。
これからは、これらのポイントを押さえて、
- 通訳を介して話しをするとき、
- 通訳の手配をするとき、
- 通訳の選出をするとき、
どれも、ぐっとスムーズに段取りができそうですね!そうして、ぜひ通訳サービスを最大限に上手に活用できるようにしましょう!
お持ち帰りポイント
- 生耳ウィスパリングは最大2人まで(3人以上のときは生耳は避ける)
- ウィスパリングのとき通訳者の入力補強に、マイクを用意し、使用を徹底する。
- ウィスパリングは至近距離でないと成立しないので、出力もヘッドフォンで補強する。